松山学院高等学校

大助校長の
”Take it easy.”

私のスマホ考④★校長ブログNo.55

  • 2017.07.18

本日の高校野球は、雨天順延となりました。

城南の勢いは、明日につなぎます。

 私のスマホ考④「私の携帯電話歴」

携帯電話が出初めの頃、
10万円近くかかったと思うが、
当然、昔から人と同じが・・・ですから、
周りはdocomoばかりでしたから、
「セルラー※現au」を購入。

当時はアナログで通話のみ。

メールは出来なかった。

サイズも大きく・分厚く・重くて
電気カミソリみたいだった。

それでも、公衆電話を使わずに電話がかけれて
非常に便利でした。

不便だったのは、バッテリー性能がまだ弱くて、
待ち受けで1日、通話したら1時間も持たなかった。

通話料金も高かったし、
今ほど普及するとは・・・
当時は思えなかった。

出初めのアナログ携帯電話で、
今でも忘れられないことがあります。

北海道修学旅行に、現教頭のN先生は、
「札幌の自由行動の時に何か緊急事態が発生したら、
連絡を取り合い対処しよう。」
と張り切って携帯電話を持って出かけて行きました。

確か、私がホテルに常駐して、
N先生が見回り役で“大通公園・札幌地下街”周辺を
巡回したと思います。

しばらくしてから、N先生に試しに電話してみました。

「この電話は、電源を切っているか、
電波の届かないところにあり、お繋ぎ出来ません。」
のコールが。

地下街にでも入っているのかな?
・・・少ししてかけてみると、
またもや同じコールが流れるだけ。

とうとう最後まで同じで、結局繋がりませんでした。

N先生が帰って来たから、
「何回かけても繋がらなかったぞ。」と言ったら、
「ごめん。電池が切れていた。」との返事。

そ~なんです。

原因は、前の日の晩に電源を切り忘れていたために、
待ち受け時間が過ぎてしまったのです。

N先生のアメリカ製、モトローラの待ち受け時間は
20時間もなかったと記憶しています。

今では考えられないでしょう。

ちなみに、私の当時の携帯は「京セラ」製で、
N先生よりは少し小ぶりで、
待ち受け時間も長かったように思います。

※そういえば今も、auには「京セラ」製品がありますね。
docomo・Softbankには無いように思うけど・・・?

携帯電話も電池が無い時は、全く役に立ちません。
文明の利器にも欠点はあるのです。

この時の教訓から、私は充電器具を必ず、
それこそ常に携帯するようになりました
(車の中とか、旅行時は予備の充電器を
バックに入れておく)。

・・・続く


「霧の摩周湖(北海道)」
7年前の修学旅行の写真です。
校長やN先生が修学旅行に行っていた時代は
デジカメもなかったのでは・・・
Y山編集長より♪

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